代々木上原駅の北口を出て、歩くこと約1分。
黄色いタイル張りのビルに、模型製作スペースと書かれた看板が見えてくる。
誘われるように2階へと続く階段を上がって扉を開ければ、そこには大人の工作室として人気を博す「CRAFTNEST」がある。

ここは、一体何を楽しめる場所なのか。扉の先に広がる創造の「巣」を訪ねた。
建築PMが作った、自分のための「いちばん贅沢な席」

「もともとは、僕が思いっきり模型を作る場所が欲しかったんです」
そう話すのは、CRAFTNEST(クラフトネスト) を運営する飯田 直さん。
彼の前職は、建築関係のプロジェクトマネジャー。建物の内装計画からプロジェクト全体の管理までを担う、いわば「つくる」世界のプロフェッショナルだ。
しかし、仕事はあくまでクライアントのため。「いつしか『誰にも気兼ねなく、自分が没頭できる場所が欲しい』という思いが募っていったんです」。

その渇望は、自身の模型との歩みに深く根差している。小学生で模型に出合い、多くの人がそうであるように、学業や遊びが多様化する中で一度はその世界から離れた。
しかし30代になり、再びその魅力にのめり込んだ、いわゆる「出戻りモデラー」だ。
「この年代が、いちばん深くハマるんですよ」と自身の体験を振り返る。
子どものころには自由にできなかったことが、大人になると可能になる。自由に使えるお金や時間に少し余裕ができ、高価で手が出せなかった道具や、時間をかけなければ習得できない高度な技術に挑戦できる。その喜びが、かつての情熱に再び火をつけた。

当初、飯田さんは現在の半分くらいの規模で物件を探していた。自分の作業スペースが確保できれば、それでよかったからだ。
しかしこの場所との運命的な出会いが、計画を良い意味で大きく変えることになる。天井が高く、大きな窓から光が差し込む開放的な空間。
ここなら自分のためだけでなく、かつての自分と同じように「場所」に飢えている多くの人々のための空間にできるかもしれない。

「お客さんから『カウンターの飯田さんの席がいちばん贅沢だ』って言われるんです。まさにその通りで、ここが僕の特等席ですから」。そう言って笑う飯田さんの表情には、心からこの場所を楽しんでいる純粋な喜びがにじんでいた。
それは単なるビジネスオーナーの顔ではなく、ひとりの「つくる人」としての素顔だ。自宅で塗装の匂いやコンプレッサーの音に気を遣い、家族にも迷惑をかけていたかもしれないという罪悪感からも解放された、最高の城なのだ。
模型だけではない。誰もがクリエイターになれる「大人の工作室」

店内を見渡すと、その多様性に驚かされる。模型用の塗料や工具が整然と並ぶ棚の横で、設計事務所のスタッフが建築模型の仕上げ塗装に集中していたり、自作キーボードのキートップを好みの色に塗り替える人がいたりと、光景は実に多彩だ。
「目指したのは、昔の学校の工作室みたいな場所なんです」
飯田さんはあえてパーテーションで区切らず、大きな作業テーブルがいくつも並ぶレイアウトを選んだ。隣の人が何を作っているのかが自然と目に入り、そこから会話が生まれることがある。「これは何ですか?」「どうやってるんですか?」そんな何気ないやり取りが、新たな創造のきっかけになる。
もちろん、一人で深く集中したい人のために、壁に向かって「こもれる」席も用意されている。その懐の深さが、多様な人々を引きつけるのだ。

さらに、CM制作会社が撮影用の小道具の色を、イメージカラーに合わせて塗り替えにやってくることも。レザークラフトのリペア教室が開かれることもあるという。古くなったバッグを修理し、新たな命を吹き込む。ここにある道具と設備が、ジャンルの垣根をいとも簡単に飛び越えさせてくれるのだ。
この創造性を支えるのが、明快で利用しやすいシステムだ。
料金は3時間まで、5時間までといった時間ブロック制を採用しており(平日は3時間2,500円から)、エアブラシや強制排気システムのついた塗装ブースといった専門機材もその時間内は使い放題だ。
この塗装ブースがあるおかげで、店内にシンナーの匂いが充満することなく、快適な環境が保たれている。
塗料や溶剤、ヤスリなどの消耗品は使った分だけ支払う仕組み。
つまり作りたいものさえあれば、手ぶらで来ても、ここでひと通りの道具をそろえ、作業を完結させることができるのだ。

さらに、頻繁に通うヘビーユーザーのために月額定額プランも用意されている。
平日の営業時間中ならいつでも利用でき、専用のロッカーも付いてくる。製作途中のキットや自分の道具を置いておけるため、まさに「自分の作業場」として活用できるのだ。
この気軽さが、あらゆるジャンルのクリエイターの挑戦を後押ししている。
指先でデザイナーと対話する。カーモデルの深淵な世界

「CRAFTNEST」の多様性を語る上で、飯田さん自身の専門であるカーモデルの世界は欠かせない。彼にとって模型の魅力とは、単に形を忠実に再現することだけではないという。
「実車では、ボディのプレスラインにべたべた触るわけにはいかないでしょう。でも模型なら、自分の指で確かめられる。そうすると、デザイナーがどういう意図でこの曲線を生み出したのか、対話できるような感覚になるんです」
それは、完成品をただ眺めるだけでは決して得られない、作り手だけの特権だろう。ミニチュアでありながら、その凝縮されたディテールに触れることで、1分の1の実車に込められた思想や美学までをも感じ取ることができるのだ。
メーカーによっても思想は異なり、実車を忠実に縮小するメーカーもあれば、模型として最も格好良く見えるように絶妙なデフォルメを加えるメーカーもある。その違いを味わうのも、また一興だ。

さらに、飯田さんはカーモデルの醍醐味として「ツヤと平滑さ」へのこだわりを挙げる。塗装後にどうしても生じてしまう「ゆず肌」と呼ばれる、ゆずの皮のような微細な凹凸。それを消し去り、鏡のような表面を作り出す作業は、もはや修行の域に達する。
「ひたすら磨いていくんです」
その工程は地道で、途方もない時間を要する。まず、塗装前の下地作りの段階で280番から400番といった粗めのヤスリで表面を整える。塗装直前には1200番から1500番のヤスリで滑らかにし、塗装、そしてクリアーコートを施す。ここからが本番だ。2000番、3000番、4000番、6000番と、徐々にヤスリの目を細かくしていき、ゆず肌の凹凸の「頭」を削り取っていく。最後は数種類のコンパウンド(研磨剤)を使い分け、何時間もかけて磨き上げていく。

目指すのは、ただ光るのではない。照明や景色が歪みなく、まっすぐに映り込む「鏡面」のような仕上がりだ。ボディのパネルラインをまたいでも、光の線が一直線に流れていく。その完璧な平滑さが生まれたとき、プラスチックの塊は、まるで本物の金属のような輝きと質感を放つのだ。
この地道で奥深い作業こそが、カーモデルの探求の核心であり、飯田さんを惹きつけてやまない魅力なのである。
国境もジャンルも越え、「巣」から広がるものづくりの輪

「CRAFTNEST」の魅力は、国境を越える。海外からの旅行者がInstagramを見てふらりと立ち寄り、日本の精巧な工具や清潔な制作環境に目を見張ることも少なくない。
「アメリカから来たお客さんに『このスタイルで店をやったら、アメリカじゃ道具が全部なくなるよ』って驚かれましたね」

誰でも自由に道具を使えるオープンな環境は、性善説、つまり利用者との信頼関係の上に成り立っている。この「巣(NEST)」では、誰もが互いを尊重し、自らの創造に没頭している。その光景は、海外の模型ファンには新鮮に映るようだ。
この場所は、日本のユニークな模型文化への入り口でもある。例えば、「ワンダーフェスティバル」という巨大なイベントが存在する。これは、個人が制作したキャラクターフィギュアなどを、メーカーからその日限りの製造・販売許可(1日版権)を得て発表・販売できるという、世界でも類を見ないお祭りだ。
そこでしか手に入らないガレージキットを求め、何万人ものファンが熱狂する。CRAFTNESTには、そうしたイベントで手に入れたキットを、最高の環境で作り上げたいという熱心なファンも訪れる。

飯田さんは、カウンターの向こうで自身のカープラモ制作を進めながら、時折、利用者に的確なアドバイスを送る。それは「教える」というより、同じ趣味を持つ仲間と語り合うような、ごく自然なたたずまいだ。

かつて飯田さん自身が渇望した「思いっきり作る場所」は、今や模型ファンだけでなく、何か新しいことを始めたいと願うすべての人々にとって、かけがえのない拠点となった。
代々木上原のこの場所から、今日もまた新しい創造の物語が生まれていく。もしあなたの心の中に、何かを「つくりたい」という小さな火種があるのなら、一度この扉を開けてみてはどうだろうか。
きっと、その火を大きく育ててくれる環境が、ここにはある。
CRAFTNEST(クラフトネスト)
【住所】東京都渋谷区西原3-13-11 T・Sビル2階
【営業時間】
平日・土曜: 13:00〜22:00(最終受付 20:00)
日曜・祝日: 13:00〜20:00(最終受付 19:00)
【定休日】月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
【TEL】03-6407-1049
【WEB】HP / Instagram / X
【利用料金】
3時間まで2,500円(平日)、2,800円(休日)
5時間まで3,500円(平日)、3,900円(休日)
5時間以上3,900円(平日)、4,300円(休日)
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