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アップデートを続ける、レトロなお風呂屋さん。「大黒湯」の石川真太郎さんに聞いた、銭湯と代々木上原のこと。

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いわゆる「老舗」や「定番」と呼ばれるモノであっても、いつかは変化が訪れます。

たとえば日清食品のカップヌードル。このロングセラー商品は発売から50年目をむかえた2021年、従来の「フタ止めシール」を廃止し、新形状のフタ「Wタブ」を採用しました。これによりシールが不要となり、年間で約33トンのプラスチック原料を削減できるそうです。

また、明るいグリーンが印象的なスターバックスのロゴも、創業当初の地色はブラウン。かつてはロゴ内に「STARBUCKS COFFEE」の文字がありましたが、創業40年目となる2011年に姿を消しました。これは、同社がコーヒー以外にも事業を拡大するという決意の表れ、と言われています。

上記のような「定番」たちが選んだ変化は、決してネガティブな色味を帯びていません。むしろ、明るく前向きな選択といえるでしょう。日々アップデートされる社会や消費者のニーズに応えるべく行動した、企業努力の証しなのです。彼らのように「老舗」でありながらもつねに向上心を抱き、いまある姿の変化を恐れない「定番」こそ、長きにわたりファンから愛され続けるモノではないでしょうか。

代々木上原で変わり続ける「定番」

ここ代々木上原にも、老舗ながら変化をいとわない定番が存在します。それが、昭和中期から営業している銭湯の「大黒湯」。インスタグラムで投稿数130万件以上の「#昭和レトロ」を想起させるような、古きよき日本の空気を残した銭湯です。

しかしこの大黒湯、いま流行りのレトロブームを狙っているわけではありません。店主好みのモノを店の内外にあしらった結果、たまたま若い層のアンテナに引っ掛かったのだとか。いったい、どんな方が運営しているのでしょうか。話を聞いてみました。

バランスのいい”お風呂屋さん一家”が営む

大黒湯を切り盛りする石川宏明さん(左)と息子の真太郎さん(右)

大黒湯を運営するのは、店主の石川宏明さんとそのご家族。ふだんは息子の真太郎さんが受付に座り、お客さんの対応や清掃などを担当します。宏明さんは毎日のように湯に浸かり、店をよりよくするための改善案を思索。

父の頭の中で湧いた新しいアイデアが、息子に共有される。それに対し、真太郎さんが客観的な意見を述べる。こうして大黒湯はうまくバランスをとりながら、現状に固執することなくアップデートを重ねてきました。

男湯の浴室。右奥に見えるのが、ミストサウナと電気風呂が同時に楽しめる小部屋。これも父・宏明さんのアイデア

取材の冒頭、石川さんご一家が大黒湯を運営しはじめた時期をたずねると、約20年前との返答が。建物の築年数にしては、やけに最近……? と筆者が考えを巡らせていると、息子の真太郎さんがいきさつを教えてくれました。

「もともと私が幼いころは、父が埼玉でべつの風呂屋をやっていたんです。そこのオーナーさんが、大黒湯と同じ方でした。その後、うちはいちど銭湯の経営から離れていたんですが、20年くらい前にそのオーナーさんから『大黒湯をやってくれないか』と声掛けがありまして。それをきっかけに、父が代々木上原へ来ました。で、ここ(大黒湯)を長く経営していくのであれば『一緒にやろう』と父に言われたので、私も少し遅れて、代々木上原へ来たんです」

──当時真太郎さんは、別のお仕事をされていたんですか?

「ええ。その仕事を1年くらいかけて辞めて、後から合流したという感じです」

──お父さんからお話があったときは、いかがでしたか。

「私は物心ついたときには家が銭湯だったから、『お風呂屋さんをやれるんだったら、いいなあ』と。自然な流れだったと思います。まあ、いざ運営してみたら大変ではあったんですけどね。ただ、右も左もわからないわけじゃないので、とくに抵抗はありませんでした」

─SNSで「#大黒湯」と検索すると、いわゆる「昭和レトロ」な部分に惹かれ来店している若年層が多いように見受けられます。そのあたりは意識されているのでしょうか?

男湯の脱衣所には、歴史を感じさせる有名人のサインや写真などが飾られています

「うーん……どうでしょうか。よく『昭和レトロ』や『混沌』なんて言われるんですけど、とくに意識しているわけじゃないんですよ。基本的に、うちの父の趣味なんです」

──なるほど。この空間作りには、お父さんの好みが色濃く反映されているんですね。

「ええ。昔からずっと置いてるモノもありますし、よその銭湯が店をたたむときにもらった品なんかも混ざっていますけどね。……それで言えば、うちが来てから変えた部分はほかにもいろいろとありますよ。たとえば以前は、室内の雰囲気が全体的に暗かったんですね。なので、明るい照明に変えたりとか。ロッカーなんかの古い設備は、だんだんと新しくしていきました」

サウナ利用客専用の休憩室。明るい雰囲気と大きな椅子で、心地よく「ととのう」ことができます

石川さん一家が運営するようになり、いちばん大きく変化したのがサウナまわり。以前は銭湯とサウナのお客さんが、それぞれ別の受付で料金を支払ってから入店していました。

しかし、それでは銭湯とサウナをセットで利用する場合、お金のやりとりが二度手間になるうえに、運営する石川さんたちも大変。そこで、両スペースを隔てていた壁を取りはらい、セット利用のお客さんが自由に行き来できるように改良しました。

現在、銭湯とサウナをともに利用する場合は、受付で900円を支払うと、タオルの入ったカゴを渡してもらえるシステムとなっています。

「当初、サウナのお客さんの目印は、腕や足に着けるバンドでした。でも、無くす人が多かったんです。なので、サウナ用のカゴに黄色いタオルを入れて、貸し出す方式を採用しました。このミニタオルが、いまではサウナのお客さんの目印になっています」

また、浴室内のシャワーの仕切りも、石川家によって更新された設備のひとつ。こちらは、「立ったままシャワーを浴びたい」というお客さんの声を受け、父・宏明さんが考案しました。

そのほか、湯船のライトアップも宏明さんの発案。それに対し、「水風呂→寒色、熱い風呂→暖色」と、パッと見で温度を見分けるためのアイデアを加えたのが真太郎さん。

こうした父子のキャッチボールによって、大黒湯のお風呂は大人でも楽しめる、明るい空間に姿を変えました。

天然の地下水もファンが多い理由

アップデートされゆく設備類はもちろんのこと、大黒湯はその水質でも人びとを惹きつけます。

汲み上げられた天然の地下水はミネラルたっぷりで、湯船に浸かれば身体がポカポカに。遠赤外線を発するラジウム原石も、湯ざめ対策にひと役買っています。

「私、以前は休憩中にここでお風呂に入るようにしていたんです。お客さんと同じ目線でモノを見られたり、常連さんと話したりってことができるので。でも、お風呂で身体が温まっちゃうと、上がったあとに汗をかくんですよ。その状態で番台にもどると、こんどは逆に寒くて風邪をひいちゃったり(笑)。だから最近は営業後にシャワーで済ませるんですけど、要するに、それくらいここのお湯は身体を温めてくれるんですね」

「あるお客さんなんかは、近くに銭湯があるけどわざわざここまで来てくれるんですよ。近所の店より、ちょっと遠いうちで湯船に浸かって、自転車すっ飛ばして帰るほうが家に着いてからも身体が温かいらしくて。あとは肌の弱いアトピーの方とかも、自分の家の風呂だと染みるけど、うちだと染みないとか。そんなことをお客さんからは言ってもらえますね」

気泡とミストサウナと電気風呂を一挙に体感できる、大黒湯の名物風呂

──汲み上げの天然水というのは、東京の銭湯だと珍しい?

「いや、そんなことはないと思いますよ。大田区のほうとかは汲み上げが多いみたいです。黒っぽいお湯なんかも出るみたいで」

──黒いお湯が。それは「温泉」に分類されるのでしょうか。

「東京都の認定を取れば、温泉になるのかもしれないですね。この近所にも、温泉として登録してるところがありますよ。温度とか成分がどうだとか、いろいろ基準があるみたいです。うちもたぶん、登録しようと思えばできるんですけどね」

受付で感じる、昨今のサウナブーム

──ここ数年、巷では若い世代を中心にサウナが人気です。なにか現場で感じる変化はありますか?

「ええ、はじめてのお客さんが多くなった、という印象がありますね。うちはサウナをはじめて利用するお客さんに、一連の流れを説明するんですよ。サウナ用のカゴを渡して、『お風呂場で身体を洗ってからサウナへ行ってください』という感じで。その回数が増えました。こんなに毎日まいにち、サウナの説明をしてたかな、と」

サウナの室温は約94度。手前と奥の部屋でふたつに分かれており、およそ12名程度が収容可能

「それと、サウナでいえば、コロナで大変だった時期はだいぶ助かりましたよね」

──くわしくお聞きしてもいいでしょうか。

「2020年と2021年で計2回、サウナを中止にしてくれと東京都から要請がありまして。それを受け、3週間くらいサウナを閉めて営業していたんですね。お風呂はほら、生活に直結するものなので、営業することができたんです」

──なるほど。

「でもやっぱり、サウナなしの状態だと売上がひどくて。『こんなことになっちゃうんだなあ』と思っていたんですが、要請期間が終わったあと、サウナを再開したらちょうどサウナブームに当たったのか、もしくは飲食店の時短営業のタイミングと重なったのか、かなりお客さんが来てくれたんです。そういった意味で、サウナブームには助けられた感がありますね」

サウナ室の目の前にある水風呂。水温は約20度。打たせ湯も完備しています

「だから、お客さんの数自体はコロナの影響をそこまで受けずに済んでいます。サウナブームのおかげで、ある程度は来店してくれるので。飲食店なんかは、営業できるようになったからといって、なかなか元の客数には戻らないじゃないですか。それと比べたら、銭湯はまだ助かっているほうだと思います」

代々木上原には”シュッとした”人が多い

幼いころから銭湯を営む家で育った真太郎さんは、これまでさまざまな土地を渡り歩いてきました。

幼少期は埼玉。その後東京へ移り、大田区に3年、世田谷区に1年、目黒区に7年ほど。そしてここ、渋谷区の代々木上原で20年以上を過ごしています。

“お風呂屋さん”として、いろんな街を経験してきた真太郎さんから見える代々木上原とは、どんな場所なのでしょうか。

「代々木上原はなんというか、華やかな人が多い印象ですかね。芸能関係の人とか? 男性でも女性でも、お客さんにシュッとしている人がたくさんいますよね。あとはNHKが近いので、テレビ関係の方とかも。それこそ技術さんで、泊りがけの仕事のときは、いつもうちへ来てくれると言っていた人もいましたね」

──これまで銭湯の運営に携わってきたなかでこちらの大黒湯が最長ですが、やはりいちばん愛着がありますか?

「愛着……ですか。うーん、長いですからねえ。そのぶん、大変な思いもしていますから。酸いも甘いもじゃないですけど。どちらかといえば、前にいた銭湯のほうが、もういちど見に行ってみたいとは思いますよ。中学生のときにいた、大田区の銭湯とか」

──ご自身は、銭湯へ行くことはあるのでしょうか。

「どちらかといえば、スーパー銭湯的なところに行きますかね。もちろん、銭湯もたまに行きますよ。ただやっぱり、組合(東京都公衆浴場業生活衛生同業組合)で顔を合わせていて相手のことを知っているから、ちょっと気まずいんですよね。こっちも当然知っているし。向こうからしても、『なにしに来たんだ、敵情視察か』みたいな(笑)。もちろん、そんなことはないんですけどね」

子どもの声は、銭湯を明るくしてくれる

──銭湯をやっていて、楽しかったり、うれしかったりする瞬間をお聞きしてもいいでしょうか。

「楽しいことなんか、ないですよ(笑)。ないですけど、私は子どもが好きなんでね、彼らの声がいちばん癒しになるんです。なので、子どもが来ているときがうれしいですね。この番台に座って、彼らの明るい声を聞いていると、思わずにやけてしまいます。昔は子どもが来ることは、あたりまえだったんですけどね」

──たしかに、各家庭にお風呂が設置されていると、家族みんなで銭湯へ来る文化が生まれないですね。

「まあ、これでも以前よりはだいぶ増えたんですけどね。組合と渋谷区役所で、『親子ふれあい入浴デー』というのを組んでくれているんです。それが始まってからは、見かけるようになりました。いちどなにかのきっかけで来てくれると、イベント以外の日にも、来店してくれたりするんですよ。やっぱり子どもが増えだすと、場が明るくなりましたよね」

──いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。これまで、さまざまな工夫を凝らしながら運営してきたこちらの大黒湯で、今後さらに変えていきたい部分はありますか?

「うーん、そういったアイデアを出すのは父の役割なので、私はあまり考えていないですね。もし、自分で1から10までやることになったら、そのときは考えるんでしょうけど。でも、うちの父はやりたいことがたくさんある人だから、私はそれに対して思ったことを客観的に言う、というやり方で今後もやっていくと思います」

東京の中心部にありながら、どこかローカル感のただよう代々木上原。

この街を訪れると、いつも新しい発見があります。新オープンのベーカリーショップや、老舗の喫茶店の新メニュー、人気フレンチ店のリニューアル、地元商店街が主催する写真コンテスト……。

そんなふうに、新旧が”お隣さん”として共存する場所で、大黒湯は半世紀以上も人びとの疲れを癒し続けてきました。改善の必要なところはアップデートしながら。守るべき部分は守りながら。

 

「むかし通っていた銭湯の雰囲気を、もういちど味わいたい」

「昭和レトロな空気感に、触れてみたい」

 

きっかけはなんであっても、いいと思います。いちどこちらの銭湯を訪れたら、やみつきになること間違いなし。

今度の週末にでも”ひとっ風呂”あびに、ぜひ大黒湯へ足を運んでみてください。

 

大黒湯(だいこくゆ)
【住所】東京都渋谷区西原3-24-5
【営業時間】15:00〜25:30(日曜12:00〜)
【定休日】第1・第3 水曜日
【TEL】03-3485-1701

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