世界地図を眺めるのが好きだ、という人がいます。
指でなぞるのは、行ったことのある国よりも、行ったことのない島々のほう。カリブ海に散らばる、名前もうろ覚えの小さな点々。

その場所で、現地の人たちは、どんなふうに毎日を生きているんだろう——そんな想像と、一杯の酒がよく似合う店が、幡ヶ谷にあります。
ACT LOCALLYではこれまで代々木上原のまわりを中心に歩いてきましたが、西原のあたりをぶらぶらしているうちに、気づけば甲州街道を越えていました。
初台、笹塚、そして幡ヶ谷。このあたりもまた、小さな火がぽつぽつと灯っている街です。

今回はそんな“代々木上原越境”の一歩目として、幡ヶ谷六号通り商店街の路地裏に構える一軒「OOTONG RUM HALL(ウートン ラム ホール)」を訪ねました。
オーナーの浅沼トールさんが迎えてくれた店内の棚には、ずらりと並ぶラム酒、ラム酒、ラム酒…。
その数、およそ350本だそう。世界中から集まってきたラム酒が、息をしているような場所です。
ミュージシャンがバーに立った日
オーナーの浅沼トールさん
トールさんはもともと、音楽家としてキャリアをスタートしました。その後23歳の頃、知人の紹介で副業として始めたのがバーテンダーという仕事です。
――最初からバーテンダーを志していたわけではないんですね。
「はい、まったく。音楽を続けるための副業のつもりで。だから日本酒も焼酎も、ワインもウイスキーも、ひと通り勉強しました。
でも、当時の自分にはどれも難しかったんです。バーのお酒って、とにかくアカデミック。20代の若造がお客様に自信を持って語れることなんて、ひとつもなかった」
そんな中で、ひとつだけ肩の力が抜けたジャンルがあったといいます。それがラム酒でした。

ラム酒は扱いが難しい酒と言われるが、裏を返せば、それだけ幅があることの証しだそう
「自分とフィーリングが合うお酒ってなんだろうと考えていた時に、ラム酒に出会ったんです。
当時はラム酒を専門に扱うバーも少なかったし、お客様側もあまり詳しくない。
ある一軒のバーで飲んだ一杯の、キャラメルみたいな香りに心を持っていかれて——気づいたら、一人でのめり込んでいました」

そこから幡ヶ谷でバーテンダーとしてのキャリアを重ね、やがて独立を決めたのです。
ラム酒は地理と歴史のパッチワーク
産地もスタイルもばらばらの7本。こうしてボトルを並べると、ラム酒の「幅」の広さがわかります
さて、そもそもの話として、ラム酒とはどんなお酒なのでしょうか。
ざっくりまとめると、ラム酒とはサトウキビを原料にしたスピリッツの総称です。ただし同じ「サトウキビの酒」と言っても、ここにとんでもない幅がある、というのがミソ。
――どういうところが、そんなに楽しいんですか?
「たとえば原料ひとつとっても、大きく二系統あります。
ひとつが『アグリコール』と呼ばれる、サトウキビの搾り汁から直接作るタイプ。
フランス領のマルティニークやグアドループなんかが代表で、フランスが定めるAOC(原産地統制呼称)の対象にもなっています。
La Favorite「Tjè Kann」。マルティニークAOC認定のRhum Agricole Blanc。1842年創業の家族経営蒸溜所が、今も蒸気機関で動かし続けている。
もうひとつが、砂糖を作ったあとの糖蜜から作る『モラセス系』。キューバやプエルトリコ、ジャマイカあたりのラムは、ほとんどこちらですね」
ちなみに、ブラジルで親しまれるカシャッサも、サトウキビ系スピリッツの仲間。
そしてここが面白いのですが、ラム酒のキャラクターは宗主国の文化に色濃く影響を受けています。大航海時代、ヨーロッパ諸国はこぞってカリブ海にサトウキビプランテーションを築き、その副産物としてラム酒が生まれました。
同じマリー・ガラント島・Bielle蒸溜所の2本。ラベルデザインも度数も微妙に違う。同じ蒸溜所のなかにも、一本ごとに違う表情がある。
島ごとにフランス、イギリス、スペインの旗が立った結果、製法の流儀までまるごと違うものになってしまった、というわけです。
「フランス領の島は、ワインやコニャックの感性でラム酒を造ります。イギリス系はスコッチウィスキーをお手本に、スペイン系は甘めで重いものが多い。
左:Rhum Bielle(カリブ海・マリー・ガラント島)、右:Rhum Charrette(インド洋・レユニオン島)。同じ「フランス領」でも、地球の反対側まで広がっている。
同じカリブ海に浮かぶ島同士なのに、酒のキャラクターが本当に違うんですよ。だから、地図を思い浮かべながら一本を選んでいく、あの時間がとにかく楽しい」
タヒチのラム酒、Noa NoaとNu Nui。ラベルにはゴーギャンが描いたタヒチの女性たち。「Noa Noa」はタヒチ語で“芳香”を意味する。このラム酒がトールさんをラム酒に目覚めさせたという
さらに、同じ島でもサトウキビの品種で味が変わり、2013年、2014年とヴィンテージ違いでもまた表情が変わる。
グアドループ・Reimonenq蒸溜所のバッグ・イン・ボックス。サトウキビ畑、牛車、蒸気機関——イラストの中に、ラム酒が生まれる土地そのものが描かれている。
ワインで言うところのテロワールが、そのままラム酒にも当てはまるわけです。つまりラム酒というのは、ひとつの酒の名前というより、世界中に散らばった系譜の総体に近い——そう捉え直すと、店の棚いっぱいに並ぶボトルが、急に地図のように見えてきます。
自家製の梅酒と、タヒチとキューバ(Pre-1962蒸留・スペインValdespinoによる熟成のキューバンラム)。
好みに橋を架ける

とはいえ、350本の棚を前にすると、素人はちょっとひるみます。一体、何から手をつけたらいいのか。
「大丈夫ですよ。ラム酒って『扱いが難しい』『売れにくい』なんて言われるんですけど、それって裏を返せば、それだけ幅があるってことなんです。
だからまずは、お客様が普段どんなお酒を飲むか、ちょっと聞かせてもらうところから始めます」
お通しのバナナチップ&ピスタチオはラム酒との相性抜群!
ウイスキー好きにはウイスキー的なキャラクターのラム酒を。
甘党にはキャラメルのように甘やかな一本を。
フルーティな香りが好みならフレッシュなアグリコール。
シナモンや蜂蜜を効かせた「スパイスドラム」と呼ばれるリッチなもの、海藻や埃っぽさを感じる変わり種、無色透明のシンプルなもの、ウッディで複雑なもの——必ずどこかに、その人の好みに繋がる一本がある、というのが浅沼さんの信念です。
――飲み方は、やっぱりストレートが一番ですか?
「いえいえ、そこはもう自由でいいと思っています。
ストレートでじっくり香りを取るのも楽しいし、ストレートに水を1対1で合わせるトワイスアップ、氷を加えるハーフロック、クラッシュアイスを詰めて楽しむミストみたいな飲み方もある。
炭酸で割ってハイボールにしても、僕は本当に美味しいと思いますよ。
モヒートや、ラム酒を使ったレモンサワーなんかも作れます。入口は、どこからでも」
好みに橋を架ける、という言葉が頭に浮かびました。
ラム酒は一本の酒ではなく、無数の系譜の集まりだからこそ、どんな人に対しても、ちょうどいい橋の渡し方がある——それが浅沼さんの接客の根っこにあるように感じます。
路地裏の小さな越境
OOTONG RUM HALLがオープンしたのは、2021年の12月25日、クリスマスの夜でした。

トールさんは過去に、ラム酒の本場とされる島々を実際に訪ねたといいます。
「現地に行くと、お酒の話だけじゃなくて、人と人の繋がりがすごく濃いんです」
その繋がりの濃さが、棚に並ぶ350本の背景にもなっているのかもしれません。

扉を開けた瞬間の印象は確かに、「バーに来た」というより「知らない街のカフェに迷い込んだ」に近い。
そして気づけば、目の前には地球の反対側の島々から届いた琥珀色が並んでいる。路地裏を少し歩いただけで、世界地図の上を旅させてくれる——そんな小さな越境の入口が、この店です。
甲州街道をまたいだ先、六号通りの路地。ぜひ一杯だけでも立ち寄ってみてください。
「普段は何を飲みますか?」の一言から、あなた専用の一杯が、今日もそっと差し出されます。

OOTONG RUM HALL(ウートン ラム ホール)
住所:東京都渋谷区幡ヶ谷2-47-11 1F
アクセス:京王新線・幡ヶ谷駅より徒歩5分
WEB:Instagram
営業時間:(月〜土) 19:30〜26:00 / (日)不定期営業、月曜祝日の場合(日)営業
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